挙式を明日に控えた新婦はその晩、不思議な夢を見ました。暗がりの中で、おおぜいの人が皆それぞれに、『人生』という名の布を織っています。すると遠くから、どこかなつかしい妙な歌が、くり返し聞こえてきました。
ギッタン トントン ギッタン トントン
みんな誰しも 自分の色で 織っている
毎日毎日たて糸に 『私』という名の
よこ糸渡して 自分の人生 織り上げる
よこ糸は『私』 たて糸は何?
ギッタン トントン ギッタン トントン
ふいになげき声がしたので、そちらを見ると、ある織物がちぎれていました。たて糸が、もろくなって切れてしまったからでした。それは、『若さ』というたて糸で織られていた布でした。
また、ある織物は、バサッと突然ほどけてしまいました。たて糸が、ひょんなことから消えてしまったからでした。それは、『財』をたて糸にしていた織物でした。
また、ある織物は、うまくよこ糸を渡せずに、ゆがんでいました。たて糸がたよりなく、たるんでしまっていたからでした。それは、『健康』というたて糸でした。
新婦は願いました。この「よこ糸(わたし)」を詫せる、なにがあっても失われることのない「たて糸(よりどころ)」で、人生を織り上げたい、と。
そのとき、足もとに金色の亀がいるのに気がつきました。亀は、持っていた糸の先を新婦に手渡しながら言いました。
「これは、仏さまから授かったので、信頼できる糸です。これをたて糸にするとよいでしょう。」
新婦がそれを大事に受け取ると、そこに灯りをくわえた金色の鶴が舞い降りて、言いました。
「布が織りあがるころ、それは一枚の絵になります。『糸に会う』と書いたら『絵』という字になるように、その糸を生涯大切にして、その糸のこころに出会っていけば、あなたの人生が、彩り豊かで味わい深い絵になることをお約束しましょう。」
明るく照らされたそこには、新郎が微笑んでいました。ふたりは手をとりあって歩き始めました。
そんなふたりをうれしそうに見ていた鶴と亀は言いました。
「それではまた明日、挙式でお会いしましょう。」
次の日。おごそかな仏前結婚式がはじまり、新郎と阿弥陀如来の尊前に立った新婦は、そこに金色の鶴亀のかたちをした燭台があるのに気がつきました。その灯は、ふたりのこれからを、そっと優しく照らしてくれているようでした。
(作/釋尼聖惠)
※古代サンスクリット語の『スートラ』という言葉には、『たて糸』という他に、『お経』という意味もあります。
仏前結婚式では、この糸に会うことを願って、短いお経が読まれます。『たて糸』のこころに出会って、ともに豊かな人生を歩みたい。その願いをカタチにした儀式、ふたりの確かなスタートにふさわしい儀式、それが仏前結婚式です。