9月20日(日)
秋の彼岸法要が勤められ、大勢の皆様がお参りくださいました。仏前で手を合わせてお念仏申すご縁をいただくということは、私たちを導いてくださる諸仏として亡き人と出会い直す、新しい関係性の始まりでありましょう。ご法話は松井憲一先生(京都・道光舎主宰・道専寺前住職)。新聞の投書や川柳などから、生活実感を大切にされたお話をいただきました。
〈法話聞書〉
「彼岸はちょうど太陽が真西に沈むということから、西を仰いで西方浄土を想う日。太陽というのは生命の象徴ですから、いのちの帰るべき方向です。『西』という文字は鳥の巣の形からできた象形文字ですから、私たちが本当に安心して帰れる場所、そういう方向を思い直す日です」
「私たちは日頃、物質的豊かさだけを求めて、かけがえのない時間を空しく過ごし、ついつい人間らしい自分の姿を見つめるということを忘れています。こういう法要を縁に帰るべき方向がはっきりと定まること。阿弥陀仏の本願によって荘厳された世界に真向かいになって、わが身をもう一度問い直すこと。これが彼岸会の内容といえます」
「一般的には、『人事を尽くして天命を待つ』ですね。一生懸命やってあとは天命を待つ。清沢満之先生は、そうではなくて「天命に安んじて人事を尽くす」と。他力に安んじて、本願に安んじて、念仏に安んじて、自力を尽くさせてもらう。自力がアカンというのではありません。「私がやったんだ!」という自力は問題だけど・・・。生かされている力・背景があるからこそ、私は私なりの力を尽くさせていただくことができる。そういうひっくり返しがあることを南無阿弥陀仏という言葉で教えてくださるわけです」
「こうして諸仏のお導きをいただいて念仏を申す、自力を尽くす世界を頂戴していくということが、こういう彼岸会に遇う大事な大事なご縁なのです」
※次回の定例法要は、11月3日(火)文化の日に勤められる報恩講です。帰敬式(法名授与式)も行われます。法話は海法龍先生(長願寺住職・真宗大谷派 首都圏教化推進本部 本部員)。 現在、専行寺の仏教入門講座の講師も務めていただいています。ぜひお参りください。