8月25日(木)
「仏教入門講座」が開催されました。ご法話は海法龍 先生。「正信偈のこころ」をテーマにお話しいただいています。今回はインドの龍樹菩薩(ナーガールジュナ)の教えを手がかりにお話しいただきました。講座に先立って「ピラティス教室」も開かれました。
〈法話聞書〉
「バラモン教というインドの宗教は“実体がある”というんです。私が死んでも私はある。霊魂という形で人間はいつまでも生き続けるんだという思想。それが有(う)の思想。それに対して、人間は死んだらもう何もないんだ、どうせ死ぬんだから意味がないというのがニヒリズム(虚無思想)。それが無の思想。“人間死んだらゴミになる”と仰った元検事総長がいました。残念ながら教えにふれるご縁がなかったのでしょう。その方が亡くなられてお骨になる。あとに遺された方々がお骨を通して、故人の人生に触れていろんなことを考えさせられる。その存在が私たちに学びを与えてくれるんですよね。決してゴミではない。無意味ではない。インドのその時代は、私の実体(魂)はあるという人とないという人と偏っているんです。“悉能摧破有無見(ことごとくよく有無の見を摧破せん)”。その真理を覆う有と無の思想をことごとく打ち砕くということです」
「お釈迦様が龍樹菩薩の出現を予言されたということですが、それは龍樹菩薩がお釈迦さまの教えを“託された人”だということです。教えを住持して伝えた方だということです。伝えなければお釈迦様の教えは消えるわけです。すべての人が救われる道が閉ざされてしまいます。やっぱり託していかなければいけない。私たちも託さなければならないんですよ。誰に託していきますか?具体的に言うと、聞法の道場を、親鸞聖人のお寺を預かってるわけですから。託していくということは、託された人がお釈迦様の教えを、南無阿弥陀仏を受持していく、その教えに生きていくことです。そしてその教えを共にいただいていく人がいなければ仏教は滅びます。(中略)「聞治」という言葉があります。聞くことが治療です。自分自身が自分の「見」で病んでいる。その聞いたことを伝えてほしいという願いが私たちにかけられているんです。自分だけ聞けばいいということではない。いいなと思ったら、本物にふれたならば、託す世界が生まれてくる。相続されていかなければならないんです」
〈次回予定〉
日時 12月8日(木)14時30分から。
法話 「正信偈のこころ」海法龍 先生(長願寺住職/首都圏広報誌『サンガ』編集委員)
※これから仏教を聞いていきたいという方にもわかりやすい入門講座です。連続講座ですが途中からでもお気軽にどうぞ。開会前の13時からは「ピラティス教室」(申込制)も開催されます。お気軽にご参加ください。