「否定と出会うこと」が出発点である
ジークムント・フロイト
(2025年10月)
仏さまというのは
向こうから私のところへ
いつも来ているはたらきです
近田昭夫
(2025年07月)
人間とは
自分で自分の始末を仕切れぬ者の
別名である
高光大船
(2025年06月)
「今、ここ」があってこそ
過去に学び
未来に責任を持てる
四衢 亮
(2025年05月)
日々を過ごす 日々を過つ
二つは一つことか
生きることはそのまま過ちであるかもしれない日々
「いかが、お過ごしですか」とはがきの初めに書いて
落ちつかない気分になる
「あなたはどんな過ちをしていますか」と問い合わせでもするようで―
吉野 弘 「過」
(2025年04月)
他者に誠実であるということは
言葉に誠実であるということだ
谷川俊太郎
(2025年02月)
人生はつねに現在
去年今年(こぞことし)
安原 葉
(2025年01月)
迷信そんな信はありえない
自分が自分の心に迷うのです
安田理深
(2024年12月)
縁は賜るものであって
自分で決めることのできないもの
宮城 顗
(2024年11月)
時間とは、生きるということ、そのものなのです。
そして人のいのちは心を住み処としているのです。
ミヒャエル・エンデ
(2024年10月)
