「修正会」「新春法会」が開催されました。

1月1日(月)元日
10時より「修正会(しゅしょうえ)」が勤められました。
新年を迎え、仏前にて心静かに自分自身を見つめ、1年の歩み出しを始める法会です。
式次第は、➀開扉 ➁静座 ➂三帰依 ➃勤行 ➄献杯の儀 ⑥法話(住職挨拶)。
終了後、書院にてお汁粉(ぜんざい)が振る舞われました。

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1月8日(月)成人の日

「2018年新春法会」が勤められました。
式次第は、➀勤行 ➁献杯の儀 ➂挨拶 ➃落語 ➄懇親会(福引)
落語会には林家正雀師匠とお弟子さん方が出演され、本堂に笑顔があふれる華やかな催しとなりました。終了後の懇親会では福引も行なわれました。

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専行寺では、本年もさまざまな行事や集いが開催されます。ご参拝を心よりお待ちしております。


2018年1月の言葉

宿命を転じて
使命に生きることを自由という
これを横超という

住岡夜晃


林家正雀師匠 来たる!

2018年お正月の行事は、元日恒例の「修正会」に続き、8日(成人の日)に「新春法会(新年初参り&落語会)」が開催されます。林家正雀師匠とお弟子さん方がお越しくださいます。新年の献杯と福引もどうぞお楽しみに!皆様ぜひお誘い合わせてお出かけください。
※詳細はこちら>新春法会2018

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1月・2月・3月の行事案内

1月

◇修正会
1月 1日(月)元日 10時
〈日 程〉開扉・静座・勤行・献杯・法話(専行寺住職)

◇新春法会(「新年初参り」と「落語・尺八&箏の調べ」)
1月8日(月)成人の日
〈日 程〉13時30分 勤行・挨拶・献杯
14時    落語(林家正雀さん・豊田家金平さん・林家彦星さん)
15時30分 福引・懇親会
※詳細はこちら>新春法会2018

◇参拝旅行「東本願寺沖縄別院・南部戦跡と美ら海の旅」
1月23日(火)~25日(木)
※詳細はこちら>沖縄別院・南部戦跡と美ら海をめぐる旅

◇真宗大谷派東京教区 報恩講(東本願寺真宗会館)
1月26日(金)10時50分 帰敬式(法名授与式)法話 二階堂行壽 先生(新宿区・専福寺住職)
1月27日(土)11時30分 逮夜法要   法話 木越康 先生(大谷大学学長)
16時10分 報恩講の夕べ 講演 知花昌一 先生(東本願寺沖縄別院)
1月28日(日) 8時    晨朝法要
9時30分 日中法要   法話① 伊藤大信 先生(横浜市・西教寺)
合唱・お斎(食事)・勤行
法話② 木越康 先生(大谷大学学長)
※詳細はこちら>東京教区報恩講

2月

◇「ピラティス教室」(申込制)お寺でカラダもリフレッシュ!
2月 5日(月)13時
〈指 導〉竹井景子さん(ピラティス&ジャイロキネシス トレーナー /ダンス インストラクター)      〈参加費〉500円
※ヨガと同じストレッチ効果とともに、体幹の筋肉を鍛え、脊柱や骨盤も整えていく「ピラティス」。
普通に生活しているだけでは失われていく筋力を回復させてくれます。トレーナーの竹井景子さんは専行寺ご門徒のお嬢さんです。一人ひとりにあったトレーニングで指導してくださいます。
※お申込みは専行寺へどうぞ。

◇「仏教入門講座」
2月 5日(月)14時30分~16時30分 終了後、懇親会。
〈法 話〉「正信偈のこころ」海 法龍 先生(長願寺住職 / 首都圏広報誌『サンガ』編集委員)
〈参加費〉500円
※これから仏教を聞いていきたいという方にもわかりやすい入門講座。偶数月開催。

◇「真宗大谷派東京4組同朋会」
2月6日(火)13時30分~16時30分
〈会 場〉安閑寺(文京区小石川2-13-13)
〈テーマ〉「わたしが歩む真宗〜正信偈にみるわたし〜」
〈法 話〉堀 秀隆 先生(台東区・来應寺住職)
※申込制(詳細は専行寺までどうぞ)

◇「真宗大谷派首都圏大谷派開教者会 報恩講」
2月17日(土)11時〜15時 開式・法話・お斎・勤行・アトラクション(坊さん漫才)・閉会
〈会 場〉東本願寺真宗会館(練馬区谷原1-3-7)
〈法 話〉「私と親鸞聖人との出遇い」青木新門 先生(作家)
※申込制 (真宗会館 TEL03―5393―0810)

3月

◇春彼岸に向けての「仏具お磨き奉仕」
3月13日(火)10時~12時(作業終了後、昼食)
※作業しやすい服装でお出かけください。昼食は寺で用意します。
※ご奉仕の可能な時間だけのご参加でも結構です。ご協力をお願いします。

◇「輪読会」
3月13日(火)13時~14時30分(上記の奉仕作業日の午後。昼食後に開催)
※『サンガ』(東本願寺「真宗会館」首都圏広報誌)『同朋新聞』(東本願寺発行)などを輪読しています。

◇「春彼岸法要」
3月21日(春分の日)11時~13時30分
〈日程〉勤行・法話・お斎(食事)
〈法話〉専行寺住職 平松正信
※亡き人を偲びつつ「生きる」ことをともに尋ねてまいりましょう。
※簡単なお弁当を用意しています。墓参はぜひ法要に合わせてお出かけください。

◇「春彼岸」
3月18日(日)~24日(土)
※墓参およびご門徒宅お内仏参勤

◇「煉山の活き活き尺八教室」
〈指導〉工藤煉山さん(都山流尺八演奏家・コンテンポラリーユニット「SARUME」主宰)
※詳細はこちら> 工藤煉山さんホームページ LESSON


2017年12月の言葉

自分の座忘れて
人の座につこうとするさけ
むつかしなる

山越初枝


「報恩講」が勤められました。

11月3日(金)文化の日

宗祖親鸞聖人の「報恩講」が勤められ、大勢の皆様がお参りくださいました。ご法話は竹部俊惠先生(妙蓮寺住職・本願寺横浜別院 前輪番)。富山県南砺市の井波からご出講くださいました。
「報恩の報、報いるとは、私が知らされたことを自分の生きざまとして行じていくこと」。このことを親鸞聖人のご生涯をたずねつつ、さまざまな角度からお話しくださいました。

〈法話聞書〉文責・専行寺
・「恩」ということが忘れ去られ、「報恩」という言葉を聞いてもピンと来ない時代になっているかもしれません。インド仏教にも「恩」を意味する原語があります。パーリ語で「カタンニュー」と発音される言葉です。「カタン」とは「私を私たらしめているものがある」そして「ニュー」とは「それを知らされる」ということです。「なされたことを知る」という意味で「知恩」と訳されます。私を私たらしめているものがあることを知らされるという意味なんです。
・私たちの常識的な考え方は、私がまずあって、そして私が生きていくうえで手助けになっていく都合のいいものを良しとし、邪魔なもの、都合の悪いものは悪しとしていく。お釈迦様が教えてくださっているのは、その私が私たらしめられているそもそものものがある、私を超えたものと言った方がいいのかもしれません。それが仏教の核心です。そういうことを「恩」という。そのことを何よりも身をもって教えてくださった方が親鸞聖人です。
・「報恩」とはその恩に報いていくことです。報道の報ですから「知らせる」という意味があります。知らせるためには自分がまず頷かなければならない。お互い知らせたり頷いたりして、その道を歩んでいく、行じていく。報いるとは行じていくこと。つまり自分の生きざまにしていくことです。浄土真宗の伝統では「念仏の信者」とは呼ばず「念仏の行者」と言いますね。「いい考え方ですね。信じます」というのは「報恩」ではなく「謝恩」なのでしょう。謝恩セールの謝恩講ではありません。
・自分が広い世界に頷かされ、頭が下がったならば、そのことをお知らせしていく。自分もその道を歩ませていただく。行じて自分の生き方にしていく。それが「報恩」のおこころなのです。

※次回の定例法要は2018年元日に勤められる修正会です。ぜひお参りください。

 

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2017報恩講5
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2017年10月の言葉

私というものは
私の思いより
もっと深い意義を持っている

安田理深


2017年9月の言葉

死の帰するところを以て
生の依るところとすべし

金子大榮


2017年8月の言葉

たまわった生命だから
私の生命であって
私のものでない

正親含英


「お盆法要」が勤められました。

7月9日(日)

お盆法要が勤められ、新盆を迎えられた方々をはじめ大勢の皆様がお参りくださいました。仏前で共に手を合わせ仏法を聴聞するご縁をいただくということは、私たちを導いてくださる諸仏として亡き人と出会っていく新しい関係の始まりです。
ご法話は藤本愛吉先生(三重県・正寶寺住職 / 京都大谷専修学院元指導主事)。生活実感のなかでの仏法の受け止めをお話しくださいました。

〈法話聞書〉文責・専行寺
・「自分の人生に悔いはないか?」 昨年、心臓の手術をする前にこんな問いが湧きおこってきました。愛知の真宗門徒の農家に生まれ、36歳で浄土真宗の教えに会いたいと思い、一念発起して京都の学校で学んでお坊さんになりました。コツコツと勉強させてもらうなかで素敵な念仏の先生にもたくさんお会いすることができました。そして門徒さんに迎えられて、寺という自分の生きる場を与えられ歩んできました。いのちのギリギリのところで、そんな問いが湧きおこってきたのです。「ひとさまに一杯迷惑をかけてきたけれど、自分なりによう頑張って生きてきたかなぁ」と。そんな思いと共に麻酔で眠っていきました。手術後、裸で仰向けの自分の姿を見て、大きな赤ちゃんだと思いました。赤ちゃんなら赤ちゃんらしく何でも受け容れようと決めました。ここは仏様の教えを聞いてきて良かったなと思います。頭を使っちゃうと「なんでこんな目にあったんや」「なんでこんな体なんや」と悩むんです。仏さんの世界は「選ばず、嫌わず、見捨てず」だと聞いてきたので、身動きできない赤ちゃんにならせてもらおうと思いました。
・赤ちゃんとなって初めて飲んだ水は、これまでで一番美味しい水でしたね。ある先生が「いのちはみな繋がっています」「無味こそいのちの味です」と仰っていたことを思い出しました。当たり前にしていた水が新鮮そのものだったんです。生きていることはすごいことだなぁと改めて思います。仲野良俊先生が「何が不思議かと言ったら、こうして生きていること以上に不思議なことはないじゃないか」とよく仰っていました。皆かけがえのない一人一人として、この地上に生を受けて生きています。当たり前のように思って何も感じていなかった水を「これが水の味だ」と感じた。「いのちの味」です。私たちはいのちの新鮮な躍動を、咲きほこる花や採りたての野菜、生まれたての赤ちゃんに感じます。でも実はお年寄りだっていのちを生きているのですから、そのいのちは新鮮でピカピカなはずです。しかし、私たちの心が「何十年生きてきた」という思いをかぶせてしまうものですから、いのちのピカピカが見えなくなるのです。

・念仏に生きている人に出遇わなかったら、私も仏法なんてまったく聴くことはなかった。24歳の時、仏法を語り静かに「南無阿弥陀仏」と称えておられた先生のそのお念仏が響いて、ずっと私の人生を支えています。そういう「いのち」があるんだ。どうか目覚めていってほしいというのが仏様の願いです。お釈迦様が目覚めて「これが本当だなぁ」と。それを言葉にしたものが教えとなっているんです。「仏法」が「仏教」になった。目覚めて生きていく歩みを「仏道」といいます。これはお寺の所有物ではありません。いのちに根差した教えです。だから誰にでも響いていくものなのです。

・黒人解放運動のマーチン・ルーサー・キング牧師の『自由への大いなる歩み』という本を読んでいたら、面白い言葉を残しておられました。「人間はみなつながっている。あかの他人はひとりもいない」と。だから、キング牧師は白人がいくら暴徒化しても、白人を逆にいじめることは自分を傷つけることと同じだから、私は傷つけないと書いていました。まったくお釈迦様とひとつです。行き着くところにいくと、みな同じ言葉になって同じことを教えてくれるんだなと感動しました。私たちは当たり前のように生きて、少しでも楽に、少しでも楽しくと、どんどん欲望を広く使っていますけれど、根っこにあるいのちは、今ここにあることが本当に素晴らしいことだ、ここに安んじて生きていようと教えられているんですね。
・こうした法要を通して、亡き人を偲ぶなかで、今生きている事の確かさを確かめ合ったら、日々の新しい生活の中で何が大事なのか見つめ直していけるのです。

※次回の定例法要は、9月22日(木)秋分の日に勤められる秋彼岸法要。法話は渡辺誉先生(真宗大谷派東京教区駐在教導)です。
ぜひお参りください。

 

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2017お盆1
2017お盆3
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